エコフィード連載7回目(最終回)

というわけで、中央畜産会発行の畜産経営情報での短期連載が無事終了しました。思ったより大変でした。

http://jlia.lin.gr.jp/cali/manage/

最終回は牛の話です。牛はまだ取り組み始めたばかりで勉強が不十分で、なんとか書き上げたという感じです。

ただ、案外いろいろな人から「読んでいるよ」と言われ、ちょっと嬉しかったです。でも、連載はしばらくは遠慮したいですね(^_^)

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日本で畜産を行うという意味

梅雨がそうそうに明けて暑い日が続いていると思ったら、一転してすっきりしない天気となっています。そんな中、北海道へ出張に来ています。

北海道へ来るといかにもな景色が広がっており、陳腐な表現ですが見渡す限りの畑や雄大な景色に圧倒されます。
また、草を食む牛や牧草のロールを見ると、畜産が盛んな地域であることを改めて感じます。農業に関連するビジネスを行っているならば、北海道は欠かすことができない地域であると感じます。

ですが、実はここ愛知県も農業がさかんな地域です。農林水産統計によると、愛知県の農業出荷額は全国6位です。愛知県の農業の特徴はすべての農業がまんべんなく盛んなこと。花卉出荷額は全国一位ですが、米も野菜も畜産も全国上位の生産額です。

そのなかで、乳牛の生産額も全国6位です。大消費地の近郊と年間通じて温暖な気候を背景に酪農も盛んな地域です。

乳牛を飼育するためにはたくさんの牧草が必要です。ところが都市近郊であるが故、愛知県は牧草地を確保することが難しいです。とくに当社がある東三河では大規模な農家が多いこともあり、粗飼料の生産を行っていないケースが多くあります。

ちょっと古いデータですが、2001年に愛知県農業総合試験場が愛知県の牧草(粗飼料)生産のついて調査を行った報告があります。
http://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010642075.pdf

これをみると、2001年時点で粗飼料をまったく生産していない農家が41%、1ha以下の農家が15%であわせて56%の農家がほぼ粗飼料生産を行っていないという結果が出ています。

それから10年以上経ち、さらに粗飼料生産は減っていると思われます。おそらく東三河では粗飼料を生産している農家は1~2割ではないかというのが当社の実感です。

粗飼料を生産していないということは、購入した粗飼料を使用するということです。東三河では主にアメリカやカナダから輸入された粗飼料が使用されています。この仕事を始めた頃、豊橋港の倉庫に大量の牧草がストックされているのを見て衝撃を受けたことを覚えています。
大規模な農家になると40フィートの海上コンテナで購入するケースも多くあります。

粗飼料を自給すると天候や技術により品質が安定せず、結果として乳量に影響が出てきます。(雨が多い日本では牧草の品質が安定しにくいです)飼料を購入すると品質が高いものが選べます。

実は愛知県は飼料の価格が全国的に見ても安い地域です。名古屋港という全国有数の貿易港が近いこともあり、輸入粗飼料も安く供給されてきました。
このため、愛知県の酪農は「大規模な農家が安価な輸入飼料を使用し、乳量をたくさん出させる」というスタイルが主流となっています。
これまではこういうやり方をしたほうが経営的にはよかったことは事実です。

しかし、昨今の穀物価格の上昇は配合飼料だけではなく、粗飼料の価格にも影響を与えています。トウモロコシや小麦の価格が上昇すると、アメリカやカナダの農家は牧草を生産するのをやめて穀物を生産するようになります。供給がへった結果牧草の価格が上がっているのです。

海外からの購入資材に依存すると言うことは、グローバリゼーションの流れに身を置くと言うことです。本来は地域の天候などが主な経営の影響要因だった農業が、世界情勢によって経営が左右されるようになってしまうわけです。不安定化が増している世界情勢に一介の農業生産者が振り回されるのはリスクがとても大きいです。
石油ショック後の数十年は海外の資源が安定して入手できる時代が続いていました。しかし、人口が増大している今、輸入資源に依存するやり方は見直すべき情勢になってきています。

資源高という背景のもとでは購入資材を使い付加価値率が低い農産物を大量に生産するのではなく、高い付加価値率で少量生産を行っていくことが重要になってくると思います。従来の経営手法を見直していくことが日本の畜産が生き残れるかの分かれ道ではないかと思います。

ワタミはブラック企業なのか

参議院選挙が近づいてきました。だれがなっても同じという諦観が蔓延しているようですが、、選挙に行くことが何より重要だと思います。

さて、今回話題になっている候補者の一人がワタミ会長の渡邉氏です。世間ではブラック企業の筆頭のように言われているワタミですが、同じ創業者から見て少し分析してみたいと思います。

さまざまな情報をみると、渡邉氏は従業員に対しとにかく全力で休み無く仕事をすることを求めているようです。このあたりがブラックとよばれるゆえんかと思われますが、その背景にあるのが自身がひたすら働いて会社を大きくしてきたその経験があるのではないかと思います。佐川急便で1年間ひたすら働いて300万円貯めて創業資金とした話は有名ですが、創業者というのは多かれ少なかれがむしゃらに働くものですし、休みなしで働く事は普通です。
私もサラリーマン時代は休日出勤がとてもイヤでしたが、創業してからは休日働くことはまったく苦にならなくなりました。

ただ、創業者と同じようながんばりを従業員まで求めるのは酷だと思います。社長、特に創業者と従業員は同じメンタルにはなり得ませんので。佐川急便で働いたとはいえ、それは創業の一部のようなものでしょうから一般的な雇われ人をしていない渡邉氏にはそういう従業員の意識があまりわからないのではないかと思います。

ところで、渡邉氏はワタミの離職率が低いことなどを理由にブラック企業批判に反論しています。
http://www.watanabemiki.net/journal/post-475.html

また、本当にブラック企業ならここまで成長できないという趣旨の発言も行っています。確かに従業員を酷使して使い捨てる中小企業はそれほど珍しくなく、そういう会社は成長できません。ワタミが大きくなれたのは単なるブラック企業ではない要素があるのは確かです。

私の友人がワタミ関連会社に勤めていた経験があるのですが、曰く渡邉氏はカリスマ的な雰囲気があるとのことです。渡邉会長を信奉している従業員も多く、従業員大会では熱狂的な雰囲気があると聞きます。

そういう状況を見ると、ワタミという会社は一種の宗教組織的な要素があるのではないかと推察されます。渡邉氏という「教祖」の教えがあり、教義にしたがって滅私奉公的に会社に尽くすのですが、信奉している人にとってはつらさがないのではないかと思います。しかし、その宗教に帰依できないまま会社に所属してしまうと辛い思いをすることになる・・・そんな構造ではないでしょうか。

そういうことを書いていて、オウム真理教がやっていたパソコンショップ、マハポーシャを思い出しました。大須にも店舗があったのですが、信者が無報酬で組立していたので、安かったです。

 

カリスマ的人格で従業員を鼓舞して従業員が死にものぐるいでがんばる、そういう経営スタイルはある意味会社経営としては非常に優れた形かもしれません。ただ、属人的な経営はその人がいなくなってしまうと終わりです。アップルにおけるジョブスのようなものです。
また、果たしてそういうスタイルが普遍的な組織運営のスタイルとして成立するものなのか、国家運営に馴染むものなのかというのは考えてみる必要があると思います。

ただ、私は常々国会議員には民間企業の経営経験がある人がもっと増えるべきだと思っています。いまの国政の混乱(特に民主党に関して)は、組織マネージメントの経験不足がかなりの原因だと思います。そういう意味で組織運営のスキルの高い民間企業経営者が国会に増えて欲しいと思っています。

今回の選挙ではおそらく渡邉氏は当選することと思います。当選のあかつきには国民が滅私奉公するような社会になることだけは避けてほしいものです。