菌の話

展示会に肥料を出展していると時々「なにか菌を使っているのか?」聞かれます。当社では○○菌と言うものは特に使用せずに肥料を作っていますが、世間では特定の菌を使用していることを謳っていることがよくあります。ただ、微生物を長く取り扱ってきた経験からすると、堆肥とか排水処理において特定の菌を入れたからと行って肥料の品質が上がったり製造が簡単になったりすることは考えにくいです。
排水処理槽や堆肥の中にはもともと膨大な量の微生物が生きています。そのなかに別の菌を投入しても環境が合わなければ増えることができません。例えば、木が生い茂った森に野菜の種を播いても野菜は増えることはありません。野菜を育てるためには森の木を切って草を抜かなければ育ちませんが、これは菌の世界でも同じです。ある菌を増やそうと思うと他の菌がいない状態にする必要があるわけです。
たとえば、酒造りや納豆、ヨーグルトなどの発酵食品を作るときには一旦加熱などを行い他の菌がいない状態にしなければ発酵は進みません。例えば、納豆では大豆は蒸し上げてワラもお湯に浸します。ワラにはたくさんの菌がいるのですが、納豆菌(バチルスナットウ)は熱に強いため生き残り、他の菌が死滅した状態となります。納豆菌は拮抗作用を持つと言われており、納豆菌が一旦増え出すと他の菌が増えにくい状態となります。このため納豆菌だけ増殖するのですが、腐った大豆(他の菌が多い状態)に納豆菌を入れても納豆にはなりません。バチルスの強力な作用はよく知られているので、微生物製剤としてのバチルス菌は多いのですが、堆肥にバチルスを接種するのは腐った大豆を納豆にしようとするようなものです。
排水処理や堆肥ではコスト的に滅菌処理はできません。リサイクル飼料製造では滅菌処理をするケースもありますが、そういったケースでは菌の投入は有効と言えると思います。
ただ、大量の菌体を継続して投入すれば効果はある可能性があります。例えば液状飼料の製造時、パン生地を大量に投入するとパン生地中の酵母が作用し一気に発酵することもあります。でも、このようなことは相当大量の菌を投入しなければ起こらないです。 
セミナーなどでよく例としてお話しするのに、「おばあさんのぬか床」があります。おばあさんのぬか床は漬物を美味しくする菌がたくさん入っているのですが、それをもらってきて新しい糠と混ぜてぬか床を作っても、毎日かき混ぜなければ美味しいぬか漬けはできません。一旦ぬか床をもらってきて混ぜれば後は管理が問題であり、たとえば毎日おばあさんのぬか床を混ぜても管理が悪ければ美味しいぬか漬けはできないわけです。つまり、「この菌を混ぜればどんな原料でも切り返しをしなくてもよい堆肥ができる」ということはあり得ないわけです。逆に、一旦よい菌が増えればできた製品を種菌として繰り返し利用すればいいだけの話です。
 
「いやいや、微生物製剤が効いたよ」と言われる方もあるかもしれません。でも、そういうケースの中には微生物が効いたのではなく、製剤に入っているぬかや糖蜜が栄養分として効いているのではないかと思われるケースも多いです。
私が一番疑問に思うのは、微生物製剤を販売してる業者が検証を行っていないことがほとんどだと言うことです。例えば堆肥に微生物製剤を入れたのでしたら、製剤を入れる前と後で堆肥に含まれる微生物製剤の菌が増えているかどうかを検証するべきだと思います。きちんと対照試験を行ったり菌の分析を行わず、結果だけ示して「すごくよくなった」と言うケースが多いように思います。
結果さえよければいい・・という考え方もあるのかもしれませんが、微生物がきちんと効いているかどうか確認していないために効果の再現性が無かったりするわけです。前職で排水処理メーカーに勤務していた時には本当に頻繁に微生物製剤の売り込みがあったのですが、業界で安定した技術として継続的に採用された例は残念ながら知りません。
当社のお客様の農家でも「○○菌」を肥料や飼料に利用しているケースがたくさんあります。あまりお客様の批判をするようなことはしたくないのですが、技術屋としてはちょっと科学的に疑問なことがまかり通っているのは我慢できないのでかきつくりました。皆さんの理解の一助となれば幸いです。