「農業改革」の矛盾

イベント、展示会、講演の講師などなどの予定がめじろおしですっかりブログ更新を怠ってしまいました。
もちろん本業も忙しくしています。最近は肥料関係の仕事がまた増えてきており、受発注処理にも追われる毎日です。

と言うわけで、当社は肥料、飼料などの農業資材を扱っています。そう言う立場から見ると、現在マスコミを賑わしている農業改革には非常に疑問を感じています。

こんなニュースがありました。
<自民党>小泉流改革、正念場…「本丸」農協、農家の反発も
自民党の小泉進次郎農林部会長は3日、11月中にもまとめる農業改革の「骨太の方針」に反映させるため、仙台市で農業関係者と意見交換した。・・以下略
この記事によると、”農協改革を「改革の本丸」と位置づける小泉氏の方針”とあります。現在の日本の農業が厳しい状況に置かれていることは間違いない事実ですが、ではそれはそもそも農協の存在のせいなのでしょうか。

以前も投稿しましたが、農家という個人、零細事業者がマーケットと対峙しているためには農協は必要な存在です。資材を共同で購入することで安価に調達が可能になり、出荷を共同で行うことで市場での存在価値を出すことができます。きちんと仕事をしていない農協が多くあることは事実ですが、農協のプレゼンス低下に伴い商系(非農協系)が台頭しており農家にはその選択の自由があります。小泉氏は「農協よりホームセンターの方が肥料が安い」と批判していますが、ホームセンターの方が安ければホームセンターで買えばいいだけの話であり、現在の議論は「吉野家よりすき家の方が牛丼が高い」と政府が批判するようなものです。
そもそも、農協のあり方の問題は農協という存在に起因するものでは無く、多くの原因は肥大化した組織にありがちなセクショナリズムと事なかれ主義にあります。ので、組織運営がきちんとできている農協は存在感があり、運営が官僚化している農協との差が開いてきているわけです。

現在の農業の根本的な問題は、マーケットに介在しすぎる農業施策に根本的な原因があると私は考えています。業界として保護が手厚い米、牛肉、牛乳などの分野の方が競争力が低く、政府保護がほとんど無い野菜や鶏卵のほうが競争力があるのはその証左です。補助メニューが微に入り細に入り作られており、農家の思考を奪っているように思います。
たとえば「子牛に乳酸菌製剤を与える」のに補助が出ていたりしますが、子牛の健康管理のメニューまで補助金で誘導する必要があるかはなはだ疑問です。

本来、農業改革を標榜するならばこれまでの農業政策(そのほとんどが自民党政権下で行われてきたものであるわけですが)の反省と総括を行い、農業保護の仕組み、あり方の大枠フレームをまず議論していくべきであって、資材価格などの重箱の隅をつつくような話でマスコミの耳目を集める作戦は単なる選挙向けのパフォーマンスにすぎず、農業を変えることにはなりません。
郵政民営化、道路公団民営化でなにか変わったかを見てみれば、「農協改革」の行く末も容易に想像できることかと思います。

では、どんな農業施策を進めていくべきなのでしょうか。私は農業政策は所得補償政策に行き着くしか無いと考えていますが
詳しくは別のエントリーにて投稿したいと考えています。

これは農業だけに限ったことではありませんが、理念があり、ビジョンがあっての戦略、政策であるべきです。将来のビジョンが不明確なことが日本の閉塞感の根本原因になっているような気がしてなりません。明確なビジョンが打ち出され、安心して事業を営み、生活ができる日本となって欲しいと願ってやみません。

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