先般、飼養衛生管理基準の改定が話題になっていました。
放牧経営どうなる 中止、畜舎義務化 懸念広がる 農水省基準案に「唐突」「根拠は」(日本農業新聞)
https://www.agrinews.co.jp/p51016.html
飼養衛生管理基準とは、「家畜伝染病予防法に基づき,家畜の飼養者が家畜伝染病の発生を予防するために,遵守すべき事項について定めたもの」です。
こちらに放牧を禁止する(場合がある)という内容が入っていたため、放牧を行っている畜産関係者等からの反発があり、結果として放牧に関する条項は大幅に割愛されることになりました。
放牧ばかり耳目を集めていたようですがこの飼養衛生管理基準はさまざまな点で規制が強化されており、たとえば農場内で愛玩動物、つまり犬や猫を飼うことが禁止されています。畜産農家に訪問したことがある方はご存じと思いますが、農場で犬や猫を飼っているケースは非常に多いです。しかし、今後は農場内で犬や猫の飼育もできなくなってしまいます。
今回の規制強化は近年の豚熱の流行、そして中国他でのASFや口蹄疫の流行が背景にあります。伝染病の予防や蔓延を防止するために規制を強化することになったわけです。
私は仕事柄様々な畜産農家に訪問する機会がありますが、正直言って防疫対策が不十分な農家も多くあります。規制の強化はやむをえない面もあります。
ただし、当然ながら規制の強化は費用や労力の負担にもなります。ゼロリスクを求めてやみくもに対策するのは非科学的な手法であり、費用便益を考え優先順位を決めてすべきです。犬や猫がいることで本当に伝染病のリスクが高まるのでしょうか。例えば、猫がウイルスを伝播したという事例があれば猫の飼育を禁止するのも当然かと思いますが、そのような事例が報告されているわけではありません。
豚熱の発生の状況を見るに、野生動物に一旦伝染病が広がると(=つまりウイルスが大量にばらまかれると)、感染拡大をおさえるのは非常に困難であり、相当な防疫体制を敷いている農場であっても感染を防ぐことは非常に厳しいということは間違いありません。
であれば、まず第一に行うべきは野生動物への感染をいかに防ぐかであり、いかに国内に伝染病を侵入させないかが第一の対策であるべきです。たとえば、禁忌品、たとえば肉類の持ち込みに関する罰則のレベルは諸外国に比べ低いと言われています。水際対策の強化に対し及び腰にもかかわらず、国内の規制強化に取り組むのは本末転倒です。
今回の改定では
・根拠が明確でないこと、科学的根拠がはっきりしないこと
・改定の決定プロセスが不明確であること
・規制の内容がはっきりしないこと
に関して疑問の声が上がっていたように感じます。
放牧禁止しかり、愛玩動物禁止しかり、なにか明確な根拠があれば意見が噴出することも無かったかと思います。また、これらの改定に関し、農水省から出され原案を専門家委員会で検討をおこなっているのですが、議論の過程はオープンにはなっていません。今回の改定に関する専門家委員会の議事はこちらに公開されていますが、そこには「本年3月に改正された豚等の飼養衛生管理基準の他畜種への反映方針について確認がなされ、大臣指定地域の考え方等について意見があった。」との記載があるのみです。果たして議論が尽くされたのか、これでは全く不明確です。
今回の飼養衛生管理基準の改定の前に、食品残さの加熱基準が強化される改定が行われています。これは、肉を含む食品残さはいままでは70℃30分の加熱だったものの、90℃1時間の加熱が必要になりました。この根拠として、OIE(国際獣疫事務局)の基準が挙げられています。しかしながら、OIEが90℃とした理由は明確に示されていません。70℃30分でウイルスが不活化せず、90℃なら不活化するという実験データが示されるのならいざしらず、とにかくOIEがこう言っているから・・という理由で加熱基準が引き上げられました。この際、専門家委員会では相当議論が紛糾したにもかかわらず、議事要旨には「意見があった」との一文が記載されているのみです。
ゼロリスクを究極的に求めると家畜がいない方が良いことになってしまいます。リスクを回避しながらどうやったら畜産経営を継続していくか、生産現場だけに責任と負担を押しつけるのではなく、俯瞰的な視野の元で実効性のある対策を打ち出して欲しいと願います。